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里山 その4 里山とは何か [お散歩]


里山ガーデン、あるいは本記事のタイトルである「里山」とは何であるかを考える。「全国都市緑化よこはまフェア」のサイトには、大々的にイベントのタイトルにしている割にはそのあたりの記述がない。私の探し方が悪いのか、それともなんとしても市営バスに乗って(相鉄や神奈中も走ってます)現地で確認しろということなのか。 例によってWikipediaはごちゃごちゃしていてよくわからない。本家本物っぽいこちらが参考になるだろう。


世界の話をするとまとまらないので、とりあえずこの極東のちっちゃい国の話に限定する。
かおるちゃん的にわたくしの見解を述べますならば、「里山」とは「人間系が介在することによって、自然の非平衡定常状態が保持されるシステムの場」ということができると思う。大雑把杉で「里」も「山」もないじゃないか、というのであれば「人間の生活に都合の良い」とか「主に農業生産を中心に」とか「オリジナルの自然環境を基盤として」とか何か適当に加えれば良い。「自然の非平衡定常状態の保持」は漁業などでも行われていると思うが、それを「里山」というかどうかはわからない。何なら最初の定義だけ残して「里山」という言葉をやめてもいい。いやそれだと「里山ガーデン」の話ができなくなるな。要は農業だろうが港ヨコハマの市役所御用達の野山だろうが、その場所が「人間系の介在にによる自然の非平衡定常状態」であるという部分がこれからの話のキーなのである。
、、、と、ここまでで、閲覧者のほとんどが脱落しただろう。(おい)

まとまりのない記事である。次記事の前振りとして書いていたつもりがついつい長くなってしまった。なので以下は読まなくても良い。私自身が再読していやになったら削除するかもしれない。(おいおいおいおい)

話を続けよう。
熱力学などというものはもう何百年もやっていないので(は?)認識違いもあるかもしれないが、そのあたりはニュアンスでご理解いただきたい(また雑なことを)。非平衡とは、エネルギーや物質の出入り、流れがある状態、非平衡定常状態とはそのエネルギーや物質が出入りしているのも関わらず、いや出入りしているからこそかな、エントロピーがばんばか増大せず非対称的な状態が持続していることを言う。通常は色々な物質だか何だかが雑多にあると、放置しておけばそのうち混ざり合って混濁し、私の部屋や私の意識のような状態になるわけだが、外からのエネルギーや物質の補充によって、何かいい感じまとまった状態がなんとなく続いていく、ということがあるということである。
これは何も「里山」などというものを持ち出さなくても、身近に見ることができるものである。一般には生物がそうであるし、地球そのものもそうだ。地球なんぞは周りが真空に囲まれてエネルギーや物質の出入りが無いように見えるが、もちろんそんなことはない。エネルギーを供給しまくっている太陽という元凶がいる(「自然の恵み」と言え)

「里山」の場合、とりあえずは「土地でも開墾すんべ〜」とかいって、適当に地面に鍬入れて、水引っ張ってきて、田畑耕して、穫れたものを食べて排泄して、おじいさんは山へ柴刈りに行って、おばあさんは川へ洗濯に行って、雑草が生えてきたら草をむしって、水が汚れてきたら水路を整備して、なんていうことを人間が何百年もやってると、川やら森やらに変なもん(変なもん言うな)がいっぱい棲み着いて、生活環みたいなものができちゃって、なんとなく安定して平和っぽい世界ができてしまった、というようなものである。人間の手で開発され、人間の手で草刈りや治水などのメンテナンスが行われるのがキモである。そしてその際出入りするものは、太陽エネルギーはもちろん、単に人の数であったり家畜であったり何かの種であったり、人間社会として考えれば商取引、諸々の技術の情報などであったりする。
よって「里山」はいわゆる天然の自然ではない。だが自然である(何言ってんだ)。人間系を含めた自然と考えれば良いのである。人間はお猿から進化した立派な自然の生き物である。

だが現代の人間はどうだろう。別にアンドロイド化しているわけでもなければ、初音さんみたいにバーチャル化しているわけでもなく、依然自然には違いない(アンドロイドも初音さんも自然の人間が産み出したものだから自然だろうとかめんどくさい話は置いておく)。だが「里山」という観点からすると、それに参加していたときの人間の自然性からは遠くかけ離れてしまっている印象だ。「里山」が人間にそぐわなくなったのか、人間が積極的に「里山」から離れていったのか。その要因を考えれば、「産業革命」とか「近代社会」とか「米本位制以外の社会」とか色々出てくるだろう。これらが流入していくることによって、「里山」としての定常状態が保たれなくなる、いやそれどころか「里山」の存続自体が危うくなる局面が出てきた。それでも都市部を除けばまだ多くの「里山」は壊滅的なことにはならず何とか踏みとどまってはいたといえる。だが徐々に「近代社会」の原理で動く「都市部」によって「里山」は侵食されていく。

この侵食には2つのパターンがある。「里山」が直接「都市部」の「開発」というアタックを受け消滅していくパターン、もう一つは直接的なアタックは無くとも諸々の要因で「里山」が機能を止め放置され消滅していくパターンである。
前者に関しては、日本では弥生時代から始まった人間系が介在した自然に対する「里山」という「開発」の次のステップの「開発」、新しい定常状態へ遷移する過程と言えるかもしれない。それにしては変化があまりにも急だ。いつ落ち着くかわからない。幸か不幸か、私たちはその時期に立ち会わされているのである。この状況に関して感情的には批判的になるが、全否定はできない。そういう社会の恩恵に乗っかってしまっているからだ。とりあえずは放射能だの二酸化炭素だのをばらまいたり、つまらない意地の近代戦争という自然破壊や殺戮をやらないでいただければそれで良い、とだけ言っておこう。今は議論しない。
問題は後者である。放置された「里山」は、人間の手が入らないことで一気にエントロピーが増大し、いわゆる藪、荒れ地化してしまう。テンポラリなものでいずれは前者のような「開発」アタックを浴びせられるものもあるだろうが、そうなる前、あるいはそうならずにずっと放置されているこの状態がまずい。これを「自然」だと思う輩がいるのでますます始末が悪い。一度人間の手が入った自然は、何らかのメンテナンスをしないと別の自然に変化してしまう。前者とは別の意味でのエントロピー増大によるこの急激な変化は、数千年の歴史の中で、たったここ数十年で起きていると論じられている方もいらっしゃる。自然保護と称しこの別の自然を「自然」と断じる覚悟があれば良いが、外来生物などが入ってきている現代において、元々の天然の自然に戻るということは期待しないほうが良い、ということである。

里山ガーデンの話に戻る。
既に述べた私の記憶にある里山ガーデンができる前の光景は、おそらく上で述べた後者の一歩手前であっただろう。手前というのは、耕作などの生活の場は終了していただろうが、人間の手は微妙に入っていたと思われるからである。例の「創造と森の声」の方々や地主さん、あるいはご近所の方々の手によるものだろう。とくにご近所の方々というのは、仮に何をしたということでなくても、その場をお散歩などで歩くだけでも、道が維持され、場所も維持されるのである。
そして、里山ガーデン、のちには「植物園」として開発が行われる。開発ではあるが、これである状態に落ち着くことになるだろう。これ以上変なことをしなければ、人工的ではあるが、「自然」として維持されることになる。システムとしてはいかにも「里山」っぽい。
だが、ビジュアルな形態として、これは「里山」なのだろうか?ワイドな舗装道路に似非汽車ポッポwが走り、いたるところに人工的な花壇が造られ、大掛かりな橋が架けられ、遊具が点在する、これは「里山」だろうか。「開発」に文句を言っているのではない。「里山ガーデン」という命名に文句を言っているのである(笑)

私が幼少の頃、住んでいる住宅地の下の細長い谷に細長い田んぼがあった(あんた多摩川に浮かんでたんじゃないのかよ)。いわゆる谷戸田である。細長い土地の両側に農道と小川がそれぞれセットで有り、その間を狭い畦道が梯子のように結んでいた。私の「田んぼ」についてのイメージはこれである。だから平野部で平安京みたいなマス目になっている広大な田んぼをみかけるとなんかすげーと思ってしまう。
両側に川があるのがポイントである。都内の地図をみていると、細い川が等間隔で平行に流れている場所がいくつかあり、そういうものを見つけると私は思わずニヤニヤしてしまうのだが、アレも元々おそらくそうであったはずだ。
小川には変なもん(変なもん言うな)がいっぱい棲んでいた。川の向こうが段になっていて道が通っているのだが、その向こうは森である。そこにも変なもん(変なもん言うな)がいっぱいぶ〜んぶん飛んでいた。地面には変なもん(変なもん言うな)がいっぱいにょきにょきと生えていた。私が入学した小学校が開校する前、それ以前の最寄りの小学校がものすごく遠いので、この農道を通って通う別の小学校に学区変更してもらおうという動きがあった。その話は新校の開校で消滅したが、実に危ないところであった(笑)。

田んぼと言ったが、当初は確か休田状態だったはずである。泥の中に刈り取られた稲の根元側が顔を出し、まさに地図記号の水田状態であった。「里山」が終焉していたのではない。「減反政策」によるものだろう。その証拠にある年突然、青々とした稲が植えられ、まさに田んぼ of 田んぼになった。やるじゃん田んぼ的な?。(語彙が貧困だから相変わらず表現が雑だ)
その年だけだったのか、それが何年か続いたのかは記憶にない。やがて耕作はされなくなり、いつの間にかそこは田んぼではなくなった。いよいよ「里山」状態の終焉である。
細長い谷であるが、ところどころ支谷があった。藪になっていたところもあれば、上の年に田んぼとして復活したところもある。これらがごっそり住宅地になり、メインの谷以外はどこに谷があったかもわからなくなった。私が住んでいた住宅地(ここは元森である)の反対側の森だけが公園として残った。
小さい頃はとても一人では行けないほど遠い1kmほどです)この谷の下流域には奇跡的に田園風景のようなものが残っている。いやあれは田んぼじゃないな、ほとんど畑か遊水地である。小学生で免れた畦道通学だが、高校になってからこのあたりの農道を自転車通学することになった。恐るべき港ヨコハマの話である。

どうも「里山」だの「谷戸」だの言うと、あの頃インプットされた風景を思い出す。当時出会った森や川に棲息する変なもんの皆さん変なもん言うな皆さん言うな)はもはやトラウマレベルである。

10年ほど前になる。こどもの国線に乗ってみたくなり、終点まで乗って適当に歩いてたどり着いた「寺家ふるさと村」、ここに当時の原風景を見た気がした。

DSC00507.JPG DSC00543.JPG

ワイドな舗装道路あんじゃん、という突っ込みはいい。私も今画像を引っ張り出して気がついた(笑)。

里山ガーデンに「里山」的要素がまったくないわけではない。それは前記事に示した通り。だが「里山ガーデン」という名称にはいまいち物足りなさを感じる、それを言いたいためだけにこの長い文章を書いた。




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